渋沢 栄一を巡る

2019年12月26日

令和元年 ラグビーW杯の盛り上がり、ノーベル化学賞受賞と明るい話題の反面、相次ぐ台風による自然災害は甚大な被害を残しました。被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。そして早い復興を願います。

総務グループ 矢部です。

 

渋沢栄一 一万円札 大河ドラマ変わりますが、 2021年大河ドラマの主人公と2024年に発行する新1万円札の肖像が『渋沢 栄一』に決まりました。近代日本経済の父と呼ばれ明治の時代から約500社の会社設立に関与したそうです。生まれ故郷を訪ねてみました。

 

 

生地(県指定旧跡)

埼玉県の北部に位置する深谷市血洗島(ちあらいじま)地区に旧渋沢邸(中の家)が現在もあります。血洗島とは何か恐ろしい呼び方ですね。「豪農商家に生まれてからの生涯」をボランティアの方が説明してくれます。
切妻造りの2階建ては北武蔵における養蚕農家屋敷の形をよくとどめているそうです。
主屋は妹夫婦によって上棟され、奥の一番良い部屋は多忙の合間に帰郷する栄一の為の部屋でした。ここを振出に近くの関連施設にも行ってみました。

渋沢栄一 生家 深谷市

 

渋沢記念館(車で5分)

下手計地区(何と読むでしょうか?)にあります。深谷市営無料の記念館です。生まれ故郷時代の資料写真が展示してあります。こちらも説明付きでした。

深谷市 渋沢記念館

 

尾高惇忠生家(市指定文化財 車で5分 栄一の学問の師(知行合一))

水戸藩に精通して栄一の人生に多大の影響を与えた従兄弟でした。高崎城乗っ取りの謀議がこの家の2階で行われていました。

 

旧煉瓦製造施設(国重要文化財 車で10分 上敷面地区)

明治政府は日比谷周辺に近代的建築による、官庁集中街計画を西洋風の煉瓦造りとするため、大量のレンガが必要となり、栄一に大量生産が可能な煉瓦工場を要請しました。良質な粘土、利根川による舟運を見込んでこの地深谷に工場設置となったそうです。代表的な建築物は『司法省』『東京駅』『日銀』『赤坂離宮』『旧東京裁判所』『旧警視庁』などです。
明治28年には深谷駅から煉瓦工場へ日本初の専用線路が引かれました。重要文化財の備前梁鉄橋は、イギリス人技師の設計だそうです。

渋沢栄一 旧煉瓦製造施設 深谷市

 

後日、栄一が晩年を過ごした東京北区飛鳥山の自宅跡にある渋沢資料館も訪ねました。ここには沢山の資料がありました。墓地のある谷中まで、足を延ばし、渋沢栄一の生涯を散策してみました。お時間のある時に皆さんも、お出かけしてみて下さいね。

 

 

今年も一年お世話になりました。皆様、よいお年をお迎えになられますよう、お祈り申し上げます。

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